
町工場業界の最若手集団”やれる事は何でもやる”【スミトモヒロ】
気になる30代を勝手に応援する企画も、今回で第3段。
今回はまさか親の仕事を継ぐとは思っていなかった青年が、モノづくりと笑いの街大阪から業界の常識に挑む物語。
いつの世も「チャレンジャー精神を忘れない者こそが時代を作っていく!」という事で“唾付けさせて下さい精神“で無理言って、お話を聞かせて貰いました。


スミトモヒロって?

- 1987年生まれ
- 大阪府出身
やらなければならない時は突然に

- 学生時代はアメフトに夢中
- 大学を中退後、家業の道へ
友人が人一倍多かったスミさんにとって、甘い誘いは多かった。
小学生の頃から続けたアメリカンフットボールでは関西大学のアメフト部にも所属する程。しかし至って普通の青年は“遊びたくて”が勝り、アメフトも大学生活も辞めてしまう。
そんなスミさんが20歳の頃、泉寿工作所の代表を務めていた父が倒れた。
ここでよく出来たドラマなら「父が倒れた事をキッカケに…」と、成功へのステップをトントン拍子に駆け上がるのだろうが、現実はそんなに上手くはいかない。
「別に家業に対して何もないよ!恥ずかしいもないし、やりたくないもなかった。取り敢えず“せっかくだし覚えておくか!“くらい笑」
“やりたい事はないのに独立願望だけはある”
遊びたい盛りのよくいる青年は、その世界の大変さや仕事の一切を知らぬまま片足を突っ込む事になる。
世代間ミスマッチとターニングポイント

昨今問題になる町工場の高齢化や職人不足、勿論祖父の代から続く”泉寿工作所”もその渦中にあった。
入ってみてわかったが当時の泉寿工作所は70代目前の父と同級生の職人、最年少でも50代半ばの職人の3名で仕事をこなしていた。
町工場からすれば喉から手が出るほど欲していた若者、当時20歳のスミさんだが決して楽しい職場ではなかったそうだ。
何もわからない以上、職人さんから教わる他仕事が上達する方法は無かったが、それ以外には会話がない。しかも入社して間もない頃、同僚の職人さんに不幸ごとが起き、もう1人の職人さんも病気を患う。
高齢化の影響がもろに出始める泉寿工作所だったが、軽い気持ちで片足を突っ込んだ家業の”まさか”はまだ終わらない。
2008年に世界を震撼させたリーマンショックは、大阪の町工場をも飲み込む。売り上げは一時90%ダウン。
「もう話がデカすぎて他人事よ。別に継ぐ気もなかったし笑」
まだまだドラマチックな話をしてくれないスミさんだった。。
仲間に恥ずかしい思いはさせられない
スミさんが泉寿工作所に入社して7年が経過しようとしていた頃、1人の友人が加入する。学生時代からの友人の仕事の相談に乗るうち、泉寿工作所で働く事となった。
スミさんに頑張ろうと思えた1番のターニングポイントを伺うと「〇〇がここで働きたいと言ってくれた時。一緒に働く仲間の為にも恥ずかしい姿は見せられない」と思えたそうだ。
高齢化が進む町工場にありながら現在の泉寿工作所は先代の父を除いて、スミさんを合わせ30代3名で制作作業に励む。
町工場の現状
順調に高齢化からの脱却を遂げた泉寿工作所であったが、一方で日本の町工場の高齢化には歯止めが掛かっていないのが現状だ。
全国的にも有名な大阪府東大阪市の製造業における事業所数は、昭和58年頃の10033(※1)をピークに平成28年には5954事業所へと減少。(※2)
ただでさえ海外産の安い製品とのコスト競争や、少子高齢化による跡取り・人材不足。昨年から続くコロナ禍も町工場にとって、どれだけのダメージになるのかはこれからだが、大阪府内では動き出す企業も現れている。
「Craftsman school(クラフトマンスクール)」は、MACHICOCOの代表が東大阪の金型製造の町工場で17年勤めた経験から、経営者の高齢化、後継者不足、人材不足といった慢性的な町工場の課題解決に取り組みながら、モノづくりのすばらしさ、日本のモノづくりを支える技術を知ってほしいという想いのもと企画した”モノづくり好きのためのスクール”。
おもろくて個性的な町工場の職人が教える!日本のモノづくりを支える「町工場」の技術が学べる「Craftsman school(クラフトマンスクール)」のクラウドファンディングを開始
金属加工を手がける成光精密(大阪市港区)と圧力計製造の木幡計器製作所(同大正区)は、民間職業教育機関を運営するワーク21企画(同浪速区)と共同で「大阪ものづくり企業認定職業訓練協会」を立ち上げた
- ※1,経産省東大阪市基本計画
- ※2,H28経済センサス活動調査
町工場の持ちつ持たれつの関係
高齢化問題とは無縁に見える泉寿工作所でも、他所の町工場の高齢化を見過ごすわけにはいかない理由があった。
筆者自身もそうだが大阪府の町工場と聞くと、「ネジとか作ってるの?」というイメージだった。ドラマ好きには”下町ロケット”の印象が強いかもしれない。
今回お話を聞ける機会を通して、町工場は一括りにされる事が多いがその中身を知ると考えを改めさせられた。
スミさん曰く、通常「小さな町工場には得意不得意がある」そうだ。
泉寿工作所では旋盤という作業を主に請け負い、材料となる鉄をグルグル回して削り加工を施す。大きな製品になると移動式のクレーン車の車輪なども作るという。
しかし依頼内容によっては、昔からの協力企業・協力工場に追加加工を依頼する事もあるそう。お互いの技術を提供し合う形で、町工場は成り立っている。
ネット社会×町工場
若者からすると何でも検索して探す事ができる便利な世の中になったが、高齢化の進んだ町工場では、インターネットの時代に取り残された工場も多い。
ネット環境やメールアドレスさえ持たない工場や職人さんも数多くいる。
ただでさえ跡取り不足によって減少し続ける町工場がこれ以上無くなるのは、これからを考える若返った”新“泉寿工作所にとっても痛手になってしまう。
コロナ禍だからの出会い

2020年より猛威を奮い続けるコロナ禍では、スミさんの周りでも被害を被る経営者は多かった。
ある時、大阪の飲食店を救うべく立ち上がった同志の企画にボランティアとして参加した。
飲食店の前売り券を購入したお客様に「ドライブスルー形式で週末に商品を届ける」という企画で、「受け取り場所を探せないか?」という相談があった事がキッカケだった。
この企画には様々な業種の方が参加し、中には”普段はエンジニア”という方もいた。
ボランティアに参加した事によって、当たり前の日々では出会う事の少ない”町の職人とエンジニア”発の面白い企画もスタートする。
町工場の縦横の繋がり×OEMサイト
スミさんの中にあった”協力工場の減少”という悩みをエンジニアの方に相談したところ、既に出来上がっていたが行き場を失っていたOEMサイトの存在を知る事となる。
元々コロナ禍における地域的なダメージ差に悩む食品業界の為に、加工業者へオリジナル商品の制作を依頼する事を目的としたOEMサイトだったが、食品業界には受け入れられずに眠っていた。
このOEMサイトをプロトタイプとし、町工場や鉄工所の”持ちつ持たれつ”を守る為のBtoBサイトへ生まれ変わったのがトレードリーである。
OEMとは
「Original Equipment Manufacturing(Manufacturer)」を略した言葉で、日本語だと他社ブランドの製品を製造すること(あるいはその企業)を指す。アパレル業界の方なら、非常に馴染みのある言葉だろう。他にも、化粧品や家電、食品、自動車業界などで普及している方法だ。
イメージしやすいOEMの代表例をあげると、コンビニに並ぶ会社ロゴが入ったお菓子などのプライベートブランド商品がこれに当たる。またリンゴのロゴで有名なスマートフォンも多くが海外で生産されるOEM商品である。違うブランドなのに、中身は同じような商品が売られている!?と思ったら、それはOEMで作られた商品の可能性が高い。
“やれる事は何でもやる”若手集団泉寿
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インターネットが身近になった現在では業種や規模問わず、多くの企業がSNSに積極的に参加し、自社のみに限らず業界の宣伝に精をだす。
しかし高齢化が進む町工場では、代替わりを遂げた一部の企業のみの参加に留まる。
その点、業界屈指の若手集団に変貌を遂げた泉寿工作所は“やれる事は何でもやる“スタイル。既に公式YouTubeに続き、Instagram、TikTok、公式LINEを発信中。
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実は今回、話を伺う為に2度程泉寿工作所にお邪魔しているが、1度目と2度目の間のほんの1週間程の間にTikTokが大バズり!1本の動画の再生数は10万回再生を超える勢い。
主なアクティブユーザーが10代20代という若者に人気なTikTok。筆者自身は”仕事にならない所でバズっても…”と思ったが
「これで若い子達がモノ作りに興味を持ってくれれば、職人が増えるかもしれんやろ?!」とスミさんは笑い飛ばす。
業界の常識に囚われない積極的な姿勢こそ、もしかすると今の若者に求められているスタイルなのかもしれない。
TradeLe(トレードリー)

減りゆく町工場の縦横の繋がりを保つ為に、2020年にリリースされたTradeLe(トレードリー)。発注側、受注側が共に無料登録のみで参加出来る。(2021/4/30現在)

減りゆく町工場だが、全国には新しい取り組み・技術を武器に拡大を狙う町工場も沢山ある。
職人の高齢化が進むが、だからこそ”新しい事へのチャレンジ”を求める企業が集まるトレードリー。

是非気になる方はTradeLe(トレードリー)公式サイトか、泉寿工作所まで。
まとめ

今回は初めて町工場にお邪魔させて頂き、難しい用語も多くて大変でした。
伺ったお話をもとに色々と町工場について調べる中で、「町工場=油汚れ、汚い」などのイメージの払拭に励まれている工場の方々も多いよう。
けれど僕が見た町工場は”カッコよくてシブくって”!決してオシャレではないけれど、職人ってどこか憧れてしまいます。
これからの若い町工場の活躍を祈りつつ、挑戦の種火が大きく燃え上がる瞬間を見逃さないように注目しておきます。